« 成長安定期へ | メイン | フォーガー(鶏うどん)のつくりかた »

2008年07月13日

中国人民元の軌跡、「奇跡」? を考える


今月11日、発展途上国の中国の通貨、人民元は
世界主要通貨の米ドルに対し再度上昇し、一時1ドル=6.8338元をつけた。
2005年7月の米ドル連動制廃止以降、再々度の高値更新である。
インフレ抑制のための容認措置とも受け止められるが、
通貨としての本来の上昇余地は今後もまだ大と思われる。

人民元は、かつては弱小通貨の一つだったのかもしれない。
中国の近代史の中で忘れてはならないのが、89年の天安門事件だ。
唐突に起きた政変に対し、それまで外貨収入をもたらしてくれた
外国資本の進出が大きく減退。
「やっぱり社会主義の中国は分からない」、というのが
当時の巨大人口を抱えた農業国であり、
かつ19世紀の途上国であった中国に対する評価だったと思う。

その後、国内需要のてこ入れ策と同時に輸出振興策が採られ、
人民元安誘導が行われた(90年の元相場は、1ドル=4.7元台)。
94年には3割超、元が大幅に切下げられ、1ドル=8.7元台まで
その価値は大きく低下し、失墜した。
当時は発展途上国にありがちな「闇市」が横行し、
庶民は「希望を与えてくれる」米ドルを求めた。
今では到底想像できない状況であるが、たかだか約15年前のことだ。
外貨準備額も1000億ドルにも満たない水準の時代だった。

人民元は、その後切り返され、
97年の香港返還以降は、2005年の連動制廃止時(前出)まで
1ドル=8.27~8.28元間で安定推移した。
ところが、02年のWTO加盟以降、事態、または中国に対する世界の目が少しずつ変わり始めた。
前国家主席の江沢民氏が唱えた、2020年の国民総生産額の4倍増(00年比)の国策が発表された時代である。

そもそも中国は農業で成り立っていた国である。
それにもかかわらず、01年末、関税の引下げや
国内産業の自由化を求めた世界貿易同盟(WTO)の要求を呑んだわけだから、
世界は驚いたと同時に感動したのだと思う。
13億人の市場開放の「始まり」でもあり、誰もが身震いした瞬間ではなかったのだろうか。

ただ、この時点では中国はまだ旧来の途上国の冠をかぶった時代で、
本当に「この国が変われるのか」、という声がまだ多かったと思う。
覚えている方も多いかと思うが、当時は、国内では国営企業の「大量失業期」を迎え、
海外に対しても「デフレを輸出していた国」と名指しされるほど、
中国はまだ世界で憂慮されていた発展途上国であった。

時代が変わったのはその直後だ。
06年末の銀行自由化を控え、中国の銀行業界に「大ナタ」が振られ始めた。
それまで誰も気づこうとしなかった大量の不良債権を解消する政策が次々と採用され、
銀行トップも何回も入れ替えられた。
資本増強のためには国家財政には限界があったわけで、
社会主義的な市場主義策が採られたのも、今から思うと自然の流れだったのではないだろうか。
資金調達先を資本市場に求めた、中国ではおそらく初めての試行措置だったのかもしれない。

当時の上海市場はまだ小さかったため、香港市場に白羽の矢が当てられた。
香港市場での中国大型国営銀行の上場公開案である。
ただ03年央にかけておきたSARS問題で、一連の計画が一時的に頓挫しかかった。
が、その後の「香港てこ入れ策」により、当初案がそのまま生き延び、状況を一変させた。

香港への大量の観光客導入策と同時に、香港域内での人民元流通策も採られた。
これにはびっくりした方も多かったのではないだろうか。
香港と中国とは同一国ではあっても、資本主義と社会主義の違いがあり、
経済制度も多々異なっている。
多種多様な投資家がいる空間で(ヘッジファンド含む)、人民元が開放されること(香港域内のみ)。
空売りなどにより人為的に通貨安に誘導されることすら容易に想像できた時代だったわけだ。

しかし、結果は大成功だった。
香港で人民元が使える安心感ということもあり、
大量の中国観光客が香港へ雪崩れ込んだ(香港人口700万人に対し、
香港への観光客が2500万人超。そのうち半数が中国大陸からとのこと)。
資本市場での投資家層にも厚みが出始め、
株式市場の時価総額も世界主要市場の一角に迫る勢いとなった。
当然、その香港市場で企業公開を果たそうとする3大国営銀行の上場(3行)は
多数の投資家に歓迎され、何れも大成功した。

銀行の財務基盤が強化され、一連の政策により不良債権率も大きく低下した。
国家の外貨準備高もついに1兆ドルを超え、
今年3月末では1.6兆ドルまで激増した(94年比では、16倍超の規模)。
貿易収支、総合収支ともに大きく改善し、通貨の評価を下支えしたわけだ。

一国の経済力としては、19世紀末と比べると確実に増強されており、
人民元が固定されているという事実対しては、多くの人が疑問を唱えた。

2005年7月、上記のような流れで中国はようやく世界の「声」に呼応し始めた。
これまでのところ通貨上昇過程ではあるが、水準としては、
大幅切下げ時の5.8元台までにはまだ程遠い状況だ。
それでも11日現在では、05年比で累計18%弱ほど、人民元の価値が上昇してきた。
来年、中国は経済開放30周年を迎える。
社会5ヵ年計画の「サイクル経済(5年一周期)」から完全に脱却したと言いながらも、
環境や貧富格差などまだまだ様々な問題を抱えているような状況である。
近隣諸国とのバランスを保つことの大切さ。
中国は今後、オリンピックや万博など一連のイベントを機に
近隣国にさえも影響を与えうる次ステージに移行してくるものと思われる。

「21世紀型の途上国」を目ざすためには、当然、諸々の課題克服が要されてこよう。
それに伴い、人民元の本来あるべき「姿」も、今後、大きく変わってくるのではないだろうか。


                                   (大原 平)


« 成長安定期へ | メイン | フォーガー(鶏うどん)のつくりかた »

    ・本資料に記載された情報の正確性・安全性を保証するものではなく、
     万が一、本資料に記載された情報に基づいて
     皆さまに何らかの不利益をもたらすようなことがあっても 、一切の責任を負いません。
    ・本資料は情報提供のみを目的として作成されたものであり、
     投資その他何らかの行動を勧誘するものではありません。
    ・本資料の全部または一部を無断で複写・複製することを禁じます。

運営会社編集方針お問い合わせプライバシーポリシー